簡単にわかりにくくいえば、このところようやく「開いてゆく」自分を感じている。
もうちっと具体的に言えば、ローカルに保存されているものをもうばしばしとアップしてオープンにしたい気分でいる。
あんなに秘密主義だったのに(ほんとに)、あんなに人見知りだったのに(ほんとに)、隠れていなくちゃやりたいことができないと思っていたのに。
アップしてオープンして、もうほとんどすべてのものを。
一旦それをしてしまえば、人生にさわやかな風がふきこんでくる気がする……なぁんていう幻想なのかこれは?とにかくそういったものにとりつかれている。
いったいどうしてこんな心持ちになったのか。
一日中インターネットにぶらさがって生きているし、職場はこの小さな自宅ではなくこのとてつもなくひろいネットなんだと思っている。だから、インターネットやらwebの変化が何か心に作用しているんだろうなと思う。
だけれども、なにがどう作用したのかっていうのはむずかしい。webが次の段階にすすんだからといって、前時代的な使い方は依然として出来る。ボクらのwebが変わったからといって、そしらぬ顔で今までどおりやっていける部分がまだまだたくさんのこされてる。まったくこの世界は、向かい合うその心持ちでひとつでまったく違ったものに見えるんだ。うーん、「見える」だけじゃなくてまったく違ったものに「なる」のだから不思議だ。ああ!このwebに限らず、おおよそ世の中ってそんなもんか。(ひざをうつ)
それにしても、自分をもっと知りたいという欲求。
オフラインとオンラインとで、そしてそれの区別があまりつかなくなっている毎日の中で、一体何が、どこの誰が、いつ、どんなふうに、私のこの心境の変化に作用したのかを知りたい。
知りたいだなんてまるで他人事のように言っているけど、それは唯一私だけが知っているはずのものだ。にもかかわらず、何かをあばくようで恐ろしい気もする。変なの。
梅田望夫さんが十年前に強く独立したいと願ったとき、なぜそう願ったのかいくつかの理由があれども説明しづらい「内からの促し」があったという(My Life Between Silicon Valley and Japan - 生きるために「読み」 「書くこと」で生きる)。「内からの促し」だなんていわれても、どうやら脳みその出来があまりよくないわたしには少し難しいのだけれども、「いろいろ理由があったけど、なんかもうとにかくこうしなきゃなんないって気がしたんだよね!」ってことかしら。梅田さんはその「内からの促し」の正体を愛読書4冊の中に見出した。「内からの」だなんてとっても自分オンリーな響きだけど、「内」は「外」からの刺激で反応するんだよね。やっぱり。
堪え難い鈍痛とあかるい未来の予感が交互にやってくる。いろーんな意味で大きな大きな大きすぎる転機にいると自認するわたしも、自分の「内」に作用を及ぼしたその正体をゆっくり考えてみようと思う。きっとその正体はひとつじゃないはずだし、一方的なものではないだろうし、そこには偶然と必然が折り重なっているはずだ。
考えれば、web(クモの巣)だなんてよくいったもんだね。あっちこっちとたくさんいろいろつながっていて、つながっているからこそ今ここに立っているんだ。もちろんオンもオフもなく、それらを含めた全部のことが。
