多読|乱読|1年で300冊の読書にチャレンジ中
■丸善をぶらりとしていて目にはいったのでちょいと買ってみた。
■これまで数冊読んだ読書本とは桁違いの「ケンカ」の売りよう。ケンカなんていったらだめか。まあ、なんせすごいきっぱりと書いてある。まあ、納得してしまうのだけど。
■たとえばこんな風に。
【引用】「たとえば、『趣味は読書。最近読んだ本はハリポタ、セカチュー』という人は、救いようのない低俗な人である。」(p.4)
【引用】「どんなに偉い人でも、本を読まない人間を尊敬する必要はない。ひとによく似た生き物、サルに近いんじゃないかと思えばいいだろう。」(p.57)
【引用】なかには、100円ショップで買ってきた材料でオリジナルの収納グッズをつくり、家中のあきスペースを有効活用していると自慢している主婦もいる。こういう女性が未来を担う子どもを育てているのだと思うと、ぞっとする。」(p.62)
■本を読まない人が本を読むようになるには、なにかこうガツーンとくるものがないとだめかしら。それならこの本はとりあえずガツーンをくれるだろう。
■著者が言い切っているのは、庶民的なことをしているから庶民のままだ、ということ。【引用】「よく、『自分は給料も安いし、チャンスに恵まれないから庶民なんだ』という人がいるが、逆なのだ。『庶民的な』ことしかしないから『庶民』になり、『庶民的』な生活しか送れなくなるのである」(p.5)。とにかく、繰り返しくりかえしそう述べているのだ。
■「そうか、なるほど。そりゃ庶民的なことばかりしてたら、庶民だわな」と思った。が、ことごとく庶民的なことを排除したら、庶民じゃなくなるのか?とそれはちょっと疑問。やったことないし。
■そして、著者は10冊同時に本を読むことも、「非庶民的」な読書法ということだ。多読賛成、乱読賛成だし、1冊1冊ご丁寧に読み進めなくてもいいというのも大賛成。でも、べつに10冊同時じゃなくてもよくない?と思うのは庶民的思考なのだろうか。どうせなら突き抜けろってこと?
■必ず本を買うということもやらないし、買った本をすべて置いておくということもやらない。でも、「かっこいい本棚をつくろう」というのは感覚的におぉそうしようと思えた。みんなが読んでる本も私は読みたいし、ハウツーもおもしろいなあとおもっているけれど、売れてる本話題の本それだけを追いかけて追いかけて(追いつくことなく)読み続けるなら、私の個性はどこにあるだろう?と思ったからだ。どうせなら、本がずらっとならんだとき、読んだ本をリストにしたとき、「ああ、わたしらしい」とオリジナリティーがにじみ出たらなあとそう思う。
■あ、そうだ。紙の質やしおりまでチェックするという著者は「ここまでこだわる私の本なのだから、m本書は読者に胸を張ってすすめられるかっこいい本になっている(はずである)」と書いている(p.126)。「あー、うん、いや、あの。あなたがおっしゃるように『かっこいい本棚』にしようとおもうので、あなたの本は隠します」と思うわたしでした。
(08/02/21読了)


[...] ■そうそう、ついこないだ読んだ「本は10冊同時に読め!(サイト内リンク)」が頭に残っているのだ。できるだけ生活臭を消した読書をしろとかかいてあったなあ。まあ、この本はレシピ集なので読書にはいらないといわれるかもしれないが、「本は10冊同時に読め!」の著者ならなんというかしら? [...]
[...] ■順序がまるきり逆(?)だけど、レバレッジシリーズの本書を人脈術に引き続き読んでみた。意識せずに買ったが(とはいっても副題にちゃんとかいてあるが)、これは「ビジネス書多読のすすめ」なのだ。ビジネス書にもいろいろレヴェルがあるのだろうけど……とかんがえていたらビジネス書ってくくり自体もなんかよくわからなくなってきた。「果たしてこの著者なんかはこちらの著者にいわせると一体どうなるんだろう? 「また、ビジネスハウツー書ばかり読む人も、私から見れば信じられない人種である。まず、『金持ち父さん、貧乏父さん』系の本を読んでいる人、こうすれば儲かるという投資本や、年収1,500万円を稼げるといった本を読んでいる人は、間違いなく庶民のままで終わるであろう。(成毛 眞『本は10冊同時に読め!本を読まない人はサルである!』) [...]