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[books]努力論 – 斎藤 兆史(76/300)

楽しい読書生活

08.04.28


圧倒される偉人たちの努力。努力は「すべきもの」ではなく、気づいた時既に「しているもの」。

努力論 (ちくま新書 672)
努力論 (ちくま新書 672)
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斎藤 兆史
筑摩書房
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■偉人さんっていうのはすごいね。何がすごいって努力が並じゃない。だいたいスケールが違う。やりすぎじゃん?てなことを涼しい顔でやる。

■何故か。それが普通だから。きっと。読んだだけで自分ががんばったような気がして(だめじゃん)、しかし気分は爽快だった。がんばるっていうのは、いいじゃないか。

■今のこの世の中を憂いているのは、著者だけじゃない。頑張る!風土がなくなってきているといわれたら「そうかも!」と思う。が……

いつのころからか、努力や激励を抑制するような考え方が出てきた。それによると、あまり根を詰めてはいけないし、人に対してもむやみに「頑張れ」と言ってはいけないのだそうだ。とくに、精神的に苦しんでいる人に対して「頑張れ」は禁句なのだという。

やっぱり「むやみに」言うのはいけないっておもう。だって「むやみ」なんだもの。意味ないじゃない。

しかしながら、エネルギーに満ちた若者、心身ともに健康な人間が、その考え方に則って最初から気楽に構え、努力を放棄してしまうのは、その将来の可能性をかんがえた場合、能力の浪費とは言えないだろうか。

そのとおりだとおもう。まさに今この社会で問題なのは、エネルギーに満ちているはずの若者が無気力になりがちで、心身ともに健康であっても心が病んでいる人間がたくさんいるということだ。でも、それは、個人の心がけの問題ではすまされない事情があるのだとおもう。努力をしないのはその人間に問題があるのだというものは、「努力」を語る人に陥りがちな考え方はではないだろうか。こんな世の中になったのはなぜか。うまれながらのナマケモノがたくさん生まれてくるようになったのではないだろう。社会のせいばかりにしていては、それもまたいけない。でも、個人の生き方考え方振る舞い方のせいばかりにするのも、ツライ世の中だと私は思う。

■それでは、こういった偉人の努力を伝えるのが現状打破に一役買うのか?と考えると、なんだか難しいなあという気がする。偉人さんは偉人さんであって、まわりにたーくさんはいないものだ。人間は、そりゃ偉人伝などの本を読んで感銘を受けたりもするけれど、きっと、「努力って損じゃね?」と思える出来事が満載の世の中なんだろう。くるっとまわりの人間を見渡し見つめながら育ち、暮らしていくわけだから。子どもたちが努力を馬鹿にしないよう、生きていかねばとも思わされた。たくさんのことをあきらめすぎている親が多いのかもしれないね。知らないけど。

■これを読んでもだらけた人間が「がんばろう!」とは思えないとおもう。でも、ちっさなことでも何か自分に課題を課して取り組んでいるのであれば、背筋がスッと伸びてくる。明日もコツコツがんばろかと思えてくるのではないだろうか。努力は「すべきもの」ではなくて、何かを叶えたくて気づいたら「していた」ものだとたくさんの偉人さんがおしえてくれているのだから。

(08/04/22読了)

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