その友人はちゃらりーんと転勤が決まり、あらあらあらよっとまるでイリュージョンのように10月いっぱいでここ(なごや)を去ってゆく。
さて。
そんな(名古屋を)去り行く友と、
これからのことをちらりちらりんとはなしたりして、
意地でも絶対これからが楽しみなんだとどうしたって言い張るわたし(そしてそれはガチなのだ)。
今日はキャリアカウンセリングで使われる「価値カード」をつかったワークなんていうものに、その友人と参加できたりして。
私は、人の、自分の、能力というものを思う。
人にはそれぞれいろんな能力が備わっていて、人それぞれに高い低いもそれぞれだ。
コミュニケーション能力とか、問題解決能力とか、リーダーシップ力だとか、そういうものだけじゃなくて、細かいものを触るのがとくいだったり、想像することが好きだったり、物事を整頓するのが上手だったり、なんでもスタートだけやりちらかす人がいれば、いつもフィニッシュにだけ力を注ぐひとがいたりね。
わたしにだって、きっとそれなりにそれなりの「能力」というものがあり、
さあそれは、果たしていったい何のために使っていくべき(いきたい)ものなんでしょう?
仕事(=狭義のキャリア)でいえばお金を稼ぐためであるし、
人によっては(場合によっては)昇進するためのものであるかもしれない。
じゃあさじゃあさ、ライフキャリアだなんていったりするじゃない?
その場合はどうなんだろう?
「キャリアとはこれまで歩んだ人生という道に残されたのわだちである」
広義のキャリアという概念の中で、
わたしはわたしの持っている能力を
「人生」ってやつにおいては何のためにつかうつもりなんだ?
なあ、わたしよ。
ともするとね、
自分に何が向いているのか、自分は何が得意なのかなんてさ、
検査したりチェックしたりあれやこれやと悩みがちだけど、
結局は人は、「突き動かされる何か」に巡り会いたくてため息をついているのではないかしら?
「青春時代ってさ、ポーカーでたとえるなら、
配られたカードのチェンジがきくんだよ。
で、引いた後のカードがよかろうが悪かろうが、
あとはそれで勝負しないと」
って言ってるのはミッチー及川光博なのだけど(笑)。
大まじめに「本当よねぇ……」なんておもう。
わたしのこれまでの目的ってやつはやっぱ目標だったのかもしれない。
今まで目的だと思っていたことのもう一つ上に何を見る?
私はこれからそれを見つける作業に取り組もう。
それが一体何かもまだわからないのに、
もうなんだか今から目玉が潤ってしまうんだな。
まだまだ、「心の秋」ですねぇ。
