猫という生き物は、病気さえなければお金のかからないものである。
うちなんかは、割合高級なカリカリを買ってあげているが、それでも月に1500円程度。人間さえこだわらぬなら、500円でも十分イケるだろう。
それに、トイレ。いろんなタイプの猫砂がある。うちは「ひのき」の猫砂だ。月に1000円程度。
しかし、「新聞紙裂いたのをしきつめてるわ」という人だっている。これなら実質0円ではないか。
愛猫と暮らしはじめるにあたって、食べ物と猫砂以外に買ったものは、
* トイレ 1500円
* ごはんとお水の容器 ふたつで500円
* つめとぎ 1000円
* リード 2800円
* くびわ あまり布で手作りのため0円
* お昼ねクッション あまり布で手作りのため0円
ざっと、これぐらいだった気がする。
きっと、究極のインドア派であることがポイントなのではないか。
もし、犬のように、毎朝の散歩があったら、何か着せたくなるかもしれない。
リードもかわいいものを何本も揃えてしまうかもしれない。
シャレた「飼い主」を私はきっと気取ってしまうに違いない。
今でさえ、ペットショップに行けば、何か買ってあげられるものがないか捜してしまうのに。
愛は金じゃあないんだぜ。だけど、愛を、金を使って表したい。そう思う時だってある。
そんな私を、彼女は一体どんな風に見ているのだろうか。
彼女は、お金のかかっているものほど無視をするのだ。
そのくせ、チラシ広告で1時間も遊び続ける。
そうして私の愚かな行動を戒めているとでもいうのか。
「まだまだ、あんたはなにもわかっていない。生きるということが。そして愛するということが!」
という目かどうか定かではないが、まっすぐとわたしを見据える。
そうしたら結局は、「よしよし」と頭や背中やおなかをなでてあげるしかなくなる。
なぜか私は、毎日小さな失恋を繰り返している気分になる。それでいいのだろう、きっと。
(2006/09/07 わたしの日記より 相変わらず、お金のかかったおもちゃはシカトです。)
