先日、こんな本を読んだ。
図書館で借りてきたのだが、
特に期待もしていなかった(むしろとても洒落臭い本なのではないかと疑った)のに
存外素敵な本で驚いた。
スローフード(反グローバル化)、休むことの復権、加速する時間、スローラヴ etc
どうしてこうなっちゃったんだろうなんて考えることすら出来ないほどに、
わたしたちの世界はこんなになっちゃっていますというお話(なんだそりゃ)の中で、
次の問いが突き刺さる。
ハイテクノロジー機器が取り除いてくれたはずの時間は一体どこへ消えてしまったのか、と。(p.106)
昔は薪を割って火をおこしてご飯炊いていたんだよね。
なのに、スイッチひとつでご飯を炊く私たちの今はこんなに忙しい。
火ではなく、私たちが今毎日「起こす」ものといえばOSか。
この本を読んでからというもの、
まるで数珠をつまぐりながら念仏を唱えるがごとく編物をすることでぼんやりと想い続けることが(さらに)多くなった。
くらしから消え去った(去ろうとしている)「過程」がいかに多いことか!
たとえば、
- 自分の着る洋服をつくるという「過程」(編物もそうね)は奪われていないか?奪っていないか?
- おいしい食事をこさえるという「過程」は奪われていないか?奪っていないか?
- 目的の土地を訪れるまでの「過程」(時に道草とよばれる)は奪われていないか?奪っていないか?
- 好きな人からのお返事をもじもじはらはらしながら待つという「過程」は奪われていないか?奪っていないか?
そして、
忙しい忙しいとまさに忙殺の毎日を送るのならば、
何の為に、生きているの? ということ。
…………などなどを考えていたときに出かけた、
「ライフハック・ダイエットを始めよう」はとても良い内容だった。
急ぐならなんのため?
はしょるなら何のため?
……ところで「はしょる」って、標準語ですか?
ライフハックは、ライフをハックするものなので、
ライフのためにあるものだ。
つまり、君はどういきる/何のために生きるのだと問われるわけ。
もう昔には戻れないわけだし、
わたしだって薪割ったりするのはちょっと考えちゃう(割ったことないもん)。
それなら、出来ることはやはり「折り合い」をつけることであり、
それはとっても簡単に簡単すぎるほどに言うのなら
「夕方までは忙しいけど、夕方からはごろごろできるよ」
っていう暮らしだとおもう。
だから、
「妻とごろごろする時間は絶対に必要なんです」
とさわやかすぎに笑う堀さんは流石だとおもう。
「(ハックで節約した時間に、それまでとおなじような仕事/働きを詰め込むということは)ジョギングや筋トレをしてダイエットした側からケーキを食べるのと同じです」
ということもおっしゃっていたけど、本当にそうねえ。
ね、それじゃその時間を何に使うのかっていうことですよ。
そうそう「自己ブランディングの構築の為に」というようなことが言われていた。
自分の再生産のために人(おもに家族)を犠牲にしないことも大切だから、
自分で自分をなんとかするための時間にあてるというのが「よりよいくらし」のためには必要なんだろう。
あら。具体的なことはほとんど書いてないけど、
今まで無駄だとおもっていたことが無駄じゃなかったと気付き、
今まで見えてこなかった無駄が見えてくるのが
「ライフハック・ダイエット」かもしれないと感じた企画でした(突然に感想)。
具体的なことは全然書いてないけど(再)、
たくさんの気付きを与えてくれた講師の堀さん、参加者のみなさまありがとうございました。
付け加え:わたしはけっこうスローな生活をしているとおもう。
それはひとえに家族形態をシンプルにしているからだとおもっている
だからこそ、君は結局何がやりたいの?と自分自身が問われることが多いようにもおもう。
おもうおもうおもう。スローだって手放しでラクなわけでもないよね。
