あまり思うように休めなかったのだけど
それなりにそれなりにたのしみました。
主に、友人と酒を酌み交わすという方法で。
それでわたし、
「おとなしいこだとおもっていた」
って!いわれたのだ!
お顔を見るのは1年半ぶりで、
同じ場でお酒を飲むのはもうかるく10年以上ぶりの、
中学のときのセンパイに。
私はうまれてこのかたおとなしかったことなかったんだが、なんかいいね。
「おとなしいこ」。
「おとなしいこ」かあ。
ほわーん。
(「思っていた」ってことはもう認識は変わってしまったわけだが。ん?よろこんでる場合じゃなくてがっくりされたのか?まあそこはあまり考えないでおこうじゃないか)
その「おとなしかったはずの子」は
そうそうにおでこがかゆいといってざぶざぶ顔を洗いすっぴんになり、「おー!センパイ、マイミクになりましょう!」とケケケと笑うも、特にアクションもおこさず、センパイのmixiネームもすっかりわすれ。
泊まる用意もしてきてないくせに(幼なじみのふらんそあ宅で飲んでいた)、電車無くなる時間まで呑み、そのくせ帰り際には飲み足りないとほざき、結局はそのセンパイのお手をわずらわせることになったのだった。
おかげさまで、ちゃんとおうちですやすや眠れたし、
次の日は働けたし、さらに夜にはまた別の宴会を開く事ができた。
すてきだ。おとなしいぜ、わたし。
ふらんそあ、センパイ、パパさん、どうもありがとう。
後輩道をつらぬくかのように甘えさせていただいた次の宴会は、おじょうさん飲み会。(あたまの写真はおじょうさん飲み会開会前の様子)
「おじょうさん向けの清酒」を乙女チックにカエルのぬいぐるみをかかえつつ、ケロケロわらいながらゴクゴク飲んだ。清酒、ワイン、ビール。やたらめったらたのしかった。
いつもは、家ではめったに飲まない”おとなしい”わたしは
このところ仕事が立て込んでいるにもかかわらず腑抜けていて
飲まないとやってらんないぜなわけでもないのだかなんだかわかんないがまあ、毎日ビールを飲んでいた。
それでもなにか(それだからなにかが)物足りなかったのだけど、
さすがにもう大丈夫。
なにをぐじぐじしていたのかとふりかえったらよくわからない。
満たされました。
お酒でではなくて、
それを酌み交わした友人たちによって。
今を生きる小さな喜びの前で
あらゆる思い出は退屈だ」
とは谷川俊太郎の詩の中から。
それはこう続くんだぜ。
風が木々の梢を渡ってゆく —-
そんな決まり文句でしかとらえられぬ一瞬があって
その時を愛してはいけない道理はない
もっとはわたしは「今」に集中するべきなのだと、
お酒のまわったぐるぐるのあたまでへろへろと思いついた。
そしてもうそれはさ、お酒がさめてもやっぱり、そう思うのだ。
ほしいものはあるけれど、
今この瞬間、足りないものはありません。
明日は休み明けいきなり出張。
わたしは満タン満タン。がんばろう。

