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April 2011

The Archives

新年度に。と思ったけど、かんけーねーや。なこと。

04.02.11

よかったこと、わるかったこと。

日記もなんとか1年かいたし、4/1までは休憩して、4/1からはなにかまた、なにかを毎日やろうとおもってたのだけど、コレってものがみつからないで4/1になって、4/1がおわった。

楽しいことや嬉しいこと良かったことを書こうときめてブログをあたらしくつくって、それでも寂しいことや辛いことをうじうじつらつら書いてしまうこともあったけど、たの楽しいことや嬉しいこと良かったことを書こうときめたから、寂しいことや辛いことを書いてしまうことが少しですんだのかもしれない。

そして当然、書きたいけれどよいことじゃないしたのしいことじゃないからといって書くのをやめてしまったこともたくさんある。
そういうとき、なんだかちょっと難しいなあとおもった。

さっき、石原慎太郎の発言botみたいなのがあることを知った。
彼の本当にヒドイ暴言をtweetするbotなんだけど、こんなヒドイ発言しているひとをまた都知事に選ぶのですか?!というメッセージがこめられているんだとおもう。
そういう意味では確かに、そのヒドイ発言は皆に知られるべきだ。読んだだけでぞっとするヒドイ発言だからこそ、しられるべきだ。
その発言がRTされてTLに踊る。知られるべきだ。必要だ。でも、全然happyじゃない。

happyなことを伝えるのはたのしい。良い気分になれる。
happyじゃないことを伝えるのは、たのしくない。良い気分になれない。
だけど、それが大事なことだってある。

わたしの愚痴やらなんやらとは次元がちがうけど、根っこは一緒じゃないか?
やっぱり、なんだかちょっと難しいのだなあ。

「悲観的な見方が正しい時は」

そもそもわたしは少々、悲観主義的にものをみる癖がついている。

楽観主義の恩恵は無限ではない。悲観主義は社会全般においても個人の生活においても役目を持っている。悲観的な見方が正しい時はそれに耐えなければならない。私たちはやみくもな楽観主義でなく、しっかりと目を見開いた柔軟な楽観主義を望んでいるのだ。」 マーティン・セリグマン

ポジティブ心理学の本のなかでわざわざ、このくだりをまるでお守りのように心に抱きしめていきてる程度に悲観主義的だ。
もちろん悲観主義どっぷりなんてよくないいわけない。ただ、少しだけそっち寄りでいないと、客観性が失われると思っている。
ポジティブイリュージョンなんかに憧れるわけなんかない。それこそが生きていく上でもっとも恐ろしい。

まあ、それはよいとして。

セリグマン博士は言う。
しっかりと目を見開いた柔軟な楽観主義を望んでいるのだ」。

ぎゅーっとちからをいれてがんばると、自然に目をつぶってしまうでしょう?
目をつぶって耐えるのではなく、目を開いて耐えることは本当に辛いとおもう。

目をつぶっていたというと少々自虐的かもしれないが、どれだけよく見積もってもわたしは、薄目しかあけてなかった。
ホラー映画のこわーいシーンをみるように、伏し目がちか、薄目をあけるだかして、しっかり見据えないでいることでかろうじて耐えてきたに過ぎないんだろうと思う。
仕方ない。これまでは、そこまでがわたしの精いっぱいだったはずだし、今更それにくよくよしてもそれこそどうしようもない。

目を開いて耐えることは本当に辛い。
やれたらかっこいいよ。でも、できるかどうかわからない。

逃げ出したこと。

わたしはあることを、もう20年も放置 / 放棄している。
またあることは、12年も放置 / 放棄している。

大事なことだけど、とても辛く厳しくて、よかったとおもえること1つ産むために、10も20も30も40も50も……100も200も辛い思いをしなくてはいけないので、逃げ出した。
「卒業」なんて軽い言葉で済ませようともしていたと思う。
そういうことからずっと目を離さず静かに向き合いつづけている友人のことを、「過去を終わらせることが出来ない人」のように思っていたような、こともある。
ヒドい。ヒドいけどでも、今冷静に考えて、私は確かにそう思っていた。
わたしは色々を忘れて、ただ、たのしく過ごしたかった。

何度でもいうが、目を開いて耐えることは本当に辛い。

だけどセリグマン博士は「悲観的な見方が正しい時はそれに耐えなければならない」と言う。

だがわたしは悲観的な見方と状況に耐えられなかったということだ。悲観主義者なのに?悲観主義者ゆえに?
楽観主義者だったら、確かに逃げ出さずにすんだのかもしれない。ただ、状況を見誤った上で、だったのかもしれないけれど。

事実を受け止めること。

状況を客観的に見つつも、ポジティブな見方(活路だったり対処だったり、意味付けだったり)を身に付ける努力や訓練をしてきた。
だけど、「ただただそのままで受け止める力」が明らかに足りない。

軽く見ず、重く見ず、ただ、そのものジャストの重さでうけとめて、
重いと嘆かず、軽いとうそぶかず、ただ受け止める力。
逃げずに、でもつぶれずに、そこに居られる力。

足りないから、10年も20年も、放置しつづけている問題があるわけだ。

そのかわりに「がんばってやればできそうなこと」はがんばってやってきたし、それはそれでよかったと思う。
ただ、出来るかどうかわからなくても、出来なさそうでも、やりたいこととやるべきことをやるときが来たのかもしれないなあとも、今思っている。

そんなときが来たのかもしれないなあ。
うん、やれたらかっこいいよ。でも、わたしにできるかどうか、わからない。

わたしがやろうがやるまいがそんなことはさておいて、
ただわたしたちの社会はそんなところにきたようだ。

簡単には解けない難題に、挑む。
その挑戦にむけて「がんばろう日本」とみんな言っているのだと信じたい。

こんな時だからこそ前向きでいたいという気持ちと、その気持ちと反することなく、けれど、混ざり合うこともなく、辛く厳しい現実をそのままに感じたいという思いが私にはある。
辛いことが待ち受けていることは間違いない(なんせ、ごくごく普通に生きていても辛いことがたくさんあるのだ)。
きっとこれから何年もつづくこのわたしたち日本人と、ここからつながる世界のひとたちの、苦悶と憂鬱。
そこからうまれるのは目をひらく勇気か、目をつぶった諦めか?

諦めつつ、願い。願いつつ、諦め。

苦悶と憂鬱はとつぜん現れたわけじゃない。
ずっとあった。ただ、見たくなかった。念力で消してた。
消すために、わたしは「諦め」という技を使った。

わたしはまだ40にもなってないけど、これまで何度も、本気で本当に諦めた。
諦めれば、なかったことにできる。
でもそれは見えなくなるだけで、ものごとがなくなるわけじゃないことをいやというほど思い知らされたこの3月。

月がかわって、新年度になって、きりがいいから、なんとか決心をしたかったけど、ここまでだらだらかいても、ちゃんとは決心できなかった。
きりがいいだなんていっても、ただの、2011年の4月1日だった。

なんかうまく言えないけれど、
諦め上手なわたしはきっと、法則ってものをいろんな物事にさっさとあてはめてしまうのが得意なんだろうとおもうんだ。

あれが、あーだということは、ここは、こー。
ってあてはめていけば、8割9割、ほんとにそう。
そうじゃなくてもそういうことにしたほうがいろいろ手間もはぶけるし面倒もない。

そりゃ法則にあてはまらない例外もあるなんてしっている。
でも例外は例外でしかないし、
なんせ例外で世界はかわらないからね。

だけど、
「パズルが完成するあと1ピース。
のこりが1ピースでそれしかないのに、あてはまらない!
なんで?!どうして?!そんなのありえない!」

そんなまさかの例外の1ピースに出合いたいと心から願っている。
そんな例外あるわけないっておもってる例外に出合いたいって願ってることに気付いてる。

本当言うと、それだからインターネットの世界にいる。
だって、その「例外の1ピース」が自分の近くにいなくても、
名古屋になくても、日本になくても、広い世界にはあるかもしれないじゃない?
時間と距離をこえて、「例外の1ピース」を探すには今、インターネットしかないのです。

……あ、先のことなんてわかんないのに、自分の人生にもだいたいあーでこーでって、お得意の「あてはめ」をしてるのに今きづいた。
だったら、それなら、自分の人生が、自分が思ってもいないような例外になればいいなあ。って、まさに今そうおもった。

うん、悪い気しないわ。
だからここで書くのをやめよう。

もう4/2の朝になった。
締めの言葉もない。

だけど、キリがいいわるいだなんて意味がないことなんだぜ。

思い立ったら吉日だし、
たぶんきっとそのうち思い立つのだわ。わたし。