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December 2011

The Archives

pocket wifiがこわれた。120

12.08.11

いーもばでつかってた、pocket wifiがこわれたよ。

前からこわれてたんだけど、いよいよぶっこわれたよ。

電源ボタンがきかなくて、
ただ、充電すると起動するので、
コードを差し込んでオン、バッテリをぬいてオフにしてたの。

それが、もう起動しなくなって、充電マークしかでてこなくなっちゃった。

来年の6月までは2年しばりがあって、
修理には5000円。

で、もう使わなくなった機体だけがあるからあげるよっていってくださった方もいたのだけど(親切!ありがとう〜)、でも、いま5000円近く月にはらってて、今だとだいたい定額3800円だから、乗り換えたら1000円うくの。

2年しばりが終わるまであと6ヶ月として 6000円。ウィルコムだとキャッシュバックがあるから3500円。
足すと9500円。
違約金は9800円。300円でウィルコムハロー!できるのよね。

うるとらなんとかっていうエリアの不安はあるけど、いもば解約することにした。
ウィルコム、おひさしぶりです。よろちくわ。

大きな地震から考えたおまんじゅうの事。

12.08.11

今年の3月11日のあの地震から、いろいろなことを考えた。
これまで考えてもみなかったことも、本当は気になっていたけどわざと考えずにいたことも。

とりあえず募金を…

当時、被災せずとも、被災地の被害の大きさと復興までの長い道のりを思いつつ、どうなっているのかそしてどうなるのかわからない原発のニュースを眺めながら、眠れぬ夜を過ごしたという人も多かっただろう。
わたしもそうだ。ニュースをつけっぱなしでそれを眺めながら眠りについて、起きて最初に目をするのも寝る前みていたのと同じニュースチャンネル。

信じられない光景をテレビやネットで見た。なんとかしたいと思いつつも、ボランティアに行く勇気もなく、その環境も整わず、整えず、ただわたしは募金をするしかなかった。本当にささやかだけど、蓄えから募金をして、家計のやりくりで募金をして、本を売っては募金をして、仲間内と集まったときに集めたお金で端数がでればそれを募金した。

もっとお金があればなあ…

もっとお金持ちだったらたくさん募金できるのだけどな……とそうおもった。
やっぱり世の中お金がないとだめだなあ……と思ったりもした。

「出来る事をやろう」という掛け声に共感する一方、自分の生活を崩さない「出来る範囲のこと」だけではだめなんじゃないか、ある程度の無理をみんなでしなければ日本とあの土地を救う事はできないんじゃないかとも感じた。そう感じながらもわたしは普通の生活を送っていた。

そうこうしているうちに大きな台風で奈良や和歌山にも被害がでた。
奈良が大好きな私はふるさと寄附金で、こちらもこころばかりの募金がわりにした。

和歌山は……ごめんね、なにもしてなくて。

トルコは地震、タイは洪水。
なにも今はじまったことじゃない。
困ってる人は、いつだっている。
困っている場所は、いつだってある。
「寄附」をもとめている場所や人たちはたくさんあるんだった。
ただ、それを忘れていたいだけだったのかもしれないね。

仕事があげられればなあ…

「寄附しなきゃいけないところがたくさんあって追いつかない……」と思った。
わたしのような人もたくさんいて、寄附はいつまでもずっと集まり続けるわけじゃないでしょう。

それに、どんなに友情のつまったお金でもきっと、ずっと「ほどこし」で生きていくなんて、それはそれで不安なんじゃないかと思った。
モノやお金をあげることも大事だけど、被災地の人たちが働けるようにすること、仕事をつくることって大事だなあと思った。

働きたくても、 会社が水に流されてしまったり、つぶれてしまった人たちだってたくさんいるのだけど。
働けない人もいるだろうけど、働ける人たちは働けるようになるのがいいよねっておもった。

そして、わたしは、「お金がいっぱいあったら、もっとたくさん寄附するのになあ」と単純に思っていたところから、「私がもっとたくさん仕事を受けていたら、仕事をあげられるのになあ」と思うようになっていた。

だけど「出来ないや、だってわたし一人で仕事してるしがない個人事業主だし、おっきな会社つくってるわけじゃないし、分けてあげるほど仕事があるわけじゃないし、それができるぐらいだったら貧乏じゃないし」と思った。

ま、少し考えは変わったけれど、結局はできないのだから、「お金がいっぱいあったらなあ」と言ってたときと変わらない。

ひとごとじゃない

それに、だ。この先、経済に明るい見通しなんてない。
自分の仕事だっていつなくなるかわからない。

そりゃあ被災地をみて気の毒に思うし、助けてあげたいっておもうけど、わたしは聖人じゃないし、自分の身が一番かわいいよな……って気付いた。まあ、だいたいスグ気付いた。
だって、「出来る範囲で」募金してただけだもん。

お金がたくさんあったらなあ、仕事がいっぱいあったらなあ、というのは、結局、裏を返せば

「目の前におまんじゅうがたくさんあったらみんなにわけてあげるけど、少ししかなかったら私たべるし。だってわたしもおなかへるし、わたしおまんじゅうすきやもん」

ってことだ。

「今回はなんかあんまりひどいことがおきてかわいそうだったから、おまんじゅうがそんなにたくさんあるわけじゃないけど、すこしあげるね。だけどすこしだよ、私だってまんじゅうたべたいから。いっぱいたべたいから」

ってことだ。

おまんじゅうは、「 お か ね 」だ。

思えば、世の中そういうことだ。これがフツー。

だけど、何でもそう見えてきちゃってげんなりしてきた。
いろんな場面で「だって仕事だからしょうがないよね」「ビジネスだからね」「競争だからね」と、まんじゅうひとりじめが肯定される。

協力してまんじゅうの数をふやそうよ!という話しは少ない。
いかに「限りあるまんじゅう」をわがモノ(or 少人数のもの)にするかのお話だ。

時にはコミュニケーションスキルを磨いてまんじゅうを人一倍ゲットするぜ!だったり、時には、人が気付かない場所にある饅頭をゲットするぜ!のコツだったり。そのくせみんな「イヤ別に、おまんじゅうが目的っていうより、なんていうか、おまんじゅうゲットできるまでのやりがい、っていうの?そういうの大事よね」って顔してるの。わたしもわたしも。

だから、若い子たちに「無気力」だなんていじわるをいうのでしょう?
彼らの育つ場所を荒れ地のようにして、枯れた土地にしておいて、いらないものをいらないと言える彼らにおびえているのは私たち大人だ。

まんじゅうゲーム降りたい。

ねえ、こんな豊かな社会で、どうしてまんじゅうの取り合いだろうかね?

賢い人たちがたくさんいるのに、どうしてまんじゅうの取り合いだろうかね?

みんなの目の前に、適度にまんじゅうがあって、そんなにギスギスしなくても「あ、わたしきのうまんじゅうたべたから、今日はあげるよ」って言う感じに、うまくシステム動かせないものだろうかね?

そんな風におもったら、いろいろとばからしくなってきた。

ばからしくなってきつつも、おまんじゅうの魔力はすごいのだけども。 
でも、そういうおまんじゅうゲームを「降りたい」と思うようになってきた。

おまんじゅうは必要ですけど、でも変なルールのおまんじゅうゲームからは降りたい。
もっと堂々とおまんじゅうを手にして、ただ、おまんじゅうに目をくらますことなく。

みんなでおまんじゅうを分け合うには、

1. おまんじゅうがたくさんわほわほある世の中にするか、
2. 少ないおまんじゅうで生きていけるようにするか。

だよね。

おまんじゅうわほわほの時代はどうやらおわりそうです。
だから少ないおまんじゅうでもいきていけるようにしなくては。

おまんじゅうは確かに魅力的だけど、
おまんじゅうの他にもステキなものはたくさんある。
たとえば、おにぎりだとかね。
毎日おまんじゅうよりは、実は毎日おにぎりのほうがよかったりするじゃないか。

おまんじゅう以外でおなかをふくらますこと、
おまんじゅう以外でたのしむこと。

にちようびに、奪い合いは似合わない。
にちようびには、分かち合いが似合うのです。

それに……

どーせさ。わたしおまんじゅうひとりじめスキル低いもん。あたまわるいから。
負け試合ってわかってて、そんなことに心血注ぐのいやじゃん 😛

 

杉並シナリオワークショップの朗読劇をUstで。 119

12.04.11

今日はいつものように午前中は和裁教室。
午後は島田で打ち合わせでした。

教室から島田までおくってくれたたえちゃん、ありがとう 😳
助かっちゃった!

それで、夕方家にもどって、杉並シナリオワークショップの公演をUstreamで観てた!

おもしろかったよー。

杉並区の区民が学ぶシナリオ塾での成果としての「台本」をプロが朗読劇で演じるの。
かつての「中島飛行機」をめぐるおはなしです。
(中島飛行機は今は跡地となっていて「桃井原っぱ公園」になっているそう)

自分の生まれ育った土地のお話だったらきっともっとたのしかったんだろうなあ。
プロはやっぱり「さすが!」だったし、自分のお話をプロが朗読してくれるなんて。
なんだかうらやましく感じたのでした。

ななたぬ、るりたぬが一生懸命準備していたこともしっているので感激も倍増。
(ホントは東京いってみたかったけどさ!(口をとがらす))

おふたりとも今日はぐったりのご様子。あたりまえだね(笑)。
おつかれさまでした。 みんな、すごい!!!

 

にゃにゃたぬがななさまの日 108

12.02.11

photo.JPG

本日はななさまのおたんじょうびです。
去年はしらなかったからね。後から気付いた1202の意味。
今年は絶対おぼえておこうとおもったんだよね。

こころばかりの手作りの品を、今日の日付に届くようにおくっておいた。
もっと荷物に入れたいものはたくさんあったんだけど、
忘れないようにしておこうとおもっていたわりにいつものようにぎりぎりで(これいかんよねえ)。

ななさま、離れたところから、いつも気づかってくれて有り難う。
あたらしい1年を、またキラキラの一年に!

あしたがんばってね!

 

 

残りは後一枚 017

12.02.11

ケロカレも、最後の一枚である。

ことしもあと1ヶ月。のこりわずか。

ああ、あっというまだねえ。

どんどん寒くなっていく。被災地も心配です。


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