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August 2012

The Archives

よいいちにち。

08.08.12

わーーーーーーい!!!!!!!!

今日は41歳の誕生日でした。
たくさんの「おめでとう」のことばをもらって、おいしいものをたくさんたべた、よい1日でした :oops:

「また1年、楽しく過ごそうね」の言葉に「うん」と素直に返事して、
ほんとにほんとに楽しく過ごしていこうとおもいます。だってせっかく生きてるんだもんね。

いつもたくさんありがとう。

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「……とはいっても」の先。〜67回目の広島原爆忌‎〜

08.06.12

私たちのこの国は今、「議論」だなんていうものは進んでいない気がする。

それぞれがそれぞれの主張を持っていて、
そのそれぞれの主張をただ吐き出したり、
目論みのためにもっともらしく聞えるように言葉をこねくりましたり、
意見の違う相手をばかにしたりと、残念だけどそんな状態に見えてしまうことが多い。
それから……主張自体をしないとかね。
私自身も、正直いって、そんな風な気持ちになることがある。
そんな風な気持ちになった後、良くないなあと思う。
そうしないように、そうならないように気を付けよう……と思う。

とても当たり前のことだけど、みなそれぞれに主義主張があるのだ。
口にしようが、しまいが、みなそれぞれに主義主張があるのはあたりまえなのだよ。

そして、私の主義主張は、反核・反原発だ。

—–

さて。
私はもうじき41歳になるのだけれど、これまで生きてきてなんとなく自分の……こういうのはなんていうんだろう……ものの見方?のようなものがあって、それはそういう風にものを見てしまうクセのようなものではなくって、逆に、自分が自分の考え方のクセのせいで妙な方向に行ってしまいがちになるのをくいとめるために、時々は思い出そうねと建てた柱のようなものといったらいいのかな。そんなものがある。

その「柱」は

「真実はシンプル」

というもの。

20代、足りない頭で色んなことを考えていたときにそれを実感した。
そこからまた20年生きてきてちょっとぐらいは賢くなったはずだけど、それは変わることなく、むしろどんどん強くなっていっているのを感じるばかり。

真実は、(だどりつくまでにはとても複雑で酷い曲がり道のようなものだったとしても)、そこへたどり着いたときとてもシンプルであるし、
シンプルに考えれば真実に近づく、とそんな風に思う。そしてそう思うように心がけている。

核兵器で人を一瞬にして溶かし、殺し、何十年にもわたって苦しめること —- これはとてもシンプルに考えれば「よくないこと」とおもうのです。
事故をおこしたあの原発のまわりの今の状況 — これはとてもシンプルに考えれば「よくない状況」のだとおもうのです。 

これが、私のシンプルな真実。
だから、私は「……とはいっても」をこう使う。

「核兵器を無くすことはとても難しいし、大変なことです。……とはいっても、やはり核兵器で人が死ぬのはいやです
「原発を無くすことはとても難しいし、大変なことです。……とはいっても、またあのような事故が起こるのはいやです

ただ、それだけ。わたしにとってはとてもシンプル。なければ、いいんだから。だから、なくしたい。

 「……とはいっても」っていうのは、日常、リアルな現実とすり合わせて何かを諦めるために使いがちなんだけど、そこをあえて、率直な未来と希望と平和に結びつけられたらなあと、今日、そんなことを考えていた。

—–

核兵器を持たなければ!抑止力をはたらかせなければ!……腹蔵なく言えば、そう思う気持ちもわからないでもない。
だって、丸腰ってこわいもの。持たないことってこわいよ。今の世のわたしたちにとって。

原発だってそうだよね。だって、現に今あるんだもの。止めちゃうの不安って気持ち、これもわからなくもない。
変化ってものはやはりおそろしい。同じように変化するにしても、知らない内にすこーしずつかわれば、こわさに気付かないでいられるんだけどね。
……と、別に、おべっかをつかうために「気持ちが分かる」だなんていってるわけではなく、
そう考えることだって自然だとおもうのです。バカにしたりすることじゃあない。 
だって、核兵器があって、原発がある世の中に暮してきて、今いるわたしたちは、今まではとりあえずそれで死なずに生きてきているんだもの。
今持っているものを手放すのって不安があるのは当然かとおもう。

 そして、過剰に放射能に反応する人たち。よくバカにされてる。
そりゃあ、あまりにもものをしらないっていうのは困り者だし罪深いのだけど、そうやってこわがる人もいる。
世の中にはいろんなひとがいる。 目に見えないものなんだもん。とても怖がる人だっているよ。仕方ない。
バカにするまえに教えてあげたらいいのにって思う。
原発推進したい、原発とめたくないのならなおさら、バカにするより教えてあげたほうがいいのに……っておもうんだけどな。
まあそれはよいとして。

先に書いたように、私だって誰かをバカにしたいような意地悪な気持ちになる。
それじゃかんがね、と反省をしつつ自分の気持ちを観察したときに、自分たちの抱える不安や焦りや怒りやそういうものを、別の主張を持っている人たちをバカにすることで解消しようとしているのかもしれないなと思った。

 

 

みんな、不安なのだ。誰も彼も。

だから、だったら、助け合って行こう。

 

今回こそは「転んで泣いてもただでは起きない」日本人だといいなあと思う。

日本という、日本人という、この世界で非常にユニークな存在としてあるわたしたちは、もっと世界がおどろく斜め上方向の手段で豊かになっていければなと思うんだよ。

自分たちが本当に満足できる豊かさの中で、自然愛でちゃって、歌詠みあっちゃって、コスプレして歌ったり躍ったり、ピタゴラスイッチみたいなの必死になってつくったり、和服を粋に着こなしちゃって、お庭ながめてお茶のんで、24の季節を取り戻そう。

そうしてきるだけ人を傷つけず、コンパクトにに生きていこうよ。この小さな島国で。

 

核兵器も原発も、確かにすごい。
あんなすごいものがつくれるなら、逆に、それがなくても他のすごいものがつくれるとおもう。
人を傷つけることなく幸せになるなにかを。

本日、67回目の広島原爆忌‎。
今朝は朝からどたばたしていたので、15分ぐらいか遅れてぐっと目をつぶっただけ。
それでもやっぱりつぶやいた。「過ちは、繰り返しませぬから」 。