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「いつだってどこでだって」への期待

はみだし雑記録

08.10.07

今日ね、少し友人と話をしたのだ。
すべての切なさを秋のせいにして、
あーだこーだといろいろ話を聞いてもらった。
感謝感謝。

その友人が、悩んでいる。悶々と。
いやあ、悩んでいるわけでもないかもしんない。
だって悩んでも仕方ないのだもの。そこがつらいところだね。

というのも、友人の旦那様は転勤族。
そろそろ別の土地へ……という時期なんだそうだ。
転勤族の妻というのもつらいものだ。引っ越しが、天から降ってくるのだもの。

私はわたしで、「せっかく仲良しになったのになぁ」ってショックだったり寂しかったりする。
だけど、当の本人のいろいろな複雑な気持ちに比べればきっとちっぽけなもんなんでしょう。
彼女はそれを何度も繰り返しているんだからね。

まあ、それはいい。

言いたいのは、
だからといってわたしたちは切れてしまうことはない(と強く思っている)
ということだ。

わたしたちは一緒にプロジェクトに取り組んでいる。
働くスタイル交差点 My Life * My Career
これは、私は一人になってもつづけるつもりのものだったりするのだが、
彼女も、どこにいっても続けるつもりだ、と(なんてイジラシイ)。

いや別に同じプロジェクトに取り組んでいることが理由でもないな。

もう少し正確に言うとしたら……
切れるにしたって、
この土地を去ったことは理由にならないんじゃないかなっていうこと。
ほら、別に同じ土地に住んでても会わなくなる人や関係が切れる人っているじゃない。

そうして、なんだかわたしは、思いを馳せることになる。
ぴゅーんと。
これから先どんな便利な世の中になるんだろう、って。

今は当然、会った方が話し合いは確実だし何よりたのしい。
ネットでつながっているからってなんでもできるわけではないことなんてわかってる。

だけど、ほんの数年前のこと。

「うわー日本にさえいない人と(しかもお互いどこの馬の骨ともつかないのに)お話ができるんだ」ってメッセンジャーで感激したときのことや、「私以外にも寝られないで起きてる人がいるんだなあ」ってぼおっとチャットを眺めてたときのことや、今思えばとってもスローなんだけど、文通的にメール交換して、返事をわくわくしつつ待ってたときのことを思い出す。

きっと、そういう風にまた驚くことやら、ひょっとしたら驚きもせず自然のながれで遠くの誰かとコミュニケーションをとっているなんていうことがあるんじゃなぁい?
なんだかドキドキしちゃうことだって、あるんじゃなぁい?

「リアルで」「向かい合って」が尊いのならば、
それにちょーーっとずつ近づこうとすることだって尊いと思う。
ばかにしちゃなんねえだよ。
だって、何よりも「遠くにいるけど話したい声が聞きたい顔がみたい」って気持ちこそが人と人とをつなげるんだもの。
それがなければ、道具もいらない。

すごいものをつくるすごい人はきっとそれをわかってくれるでしょうとロマンチックに考えながら、
ここにいる普通の人は、それを使って使って尽くしましょう。
足下に落ちている便利な道具を拾わないなんて、つまんないじゃない。

さて、私たち、お別れの時がきたら、何から話そう?何から始めよう?
ひょっとして、離れているから出来ることだってあるかもしれないじゃない。

たのしみだね。そう思わない?

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