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短歌:今日の一首「血のなせる」

今日の短歌一首, 自営的仕事生活

09.06.03

「ふと見せる娘の笑顔血が成せる
  幼きころのあなたと同じ」

友人の娘ちゃんは小学3年生。

小学3年生といえば、
その友人と私が出会ったころかと思う。

高校まで同じ学校に通っていた友人とは、
実際には小学5年生で同じクラスになったのだけど、
そのまえの小学3年生のとき
わたしは学校の廊下で彼女にナンパされてたそうなのだ。

別のクラスのわたしと友達になりたいと思ってくれていたその友人。
わたしに声をかけた。

友人「お洋服かわいいね」
私 「いそがしいから!」(と立ち去る)

会話になってないが。
忙しいといわれた彼女は
「そうか忙しいんじゃ仕方ない」と思ったそう。

私はそんなやりとり全く覚えていない。
大人になってから教えてもらって、

「ああそういえば、わたしってかわいくない子どもだったよね」

と別の思い出の数々を回想するしかなく。

ただ、自分の性格を想うに、
それ忙しかったんじゃなくて警戒心バリバリだったんだと思うよ。

うん。

最初は「あなたのムスメってあなたに全然似とらんわ」と思っていたのに、
このところなんか「おお!似てるぅー!」と感じる事が多くなってきた。
まあ血がつながってんだもんね。当たり前だな。

あたりまえだけど、でもやっぱりすごい。
おかあさんになるってすごいなあ。
そして、こわいなあ。

「もしわたしに子どもがいたら
 わたしの子どもと、
 あなたの子どもが、
 どんな関係になるのかちょっと見てみたかったね」

そう友人に伝えたら途端に爆笑された。
わたしも笑った。

きっと、子どもの頃の彼女とわたしのような関係になる。
そんな気がしたからだ。

今のわたしを「りえちゃん」とちゃんづけで呼ぶのは、
彼女とその家族だけ。

呼び名は昔のまま、
わたしたちはどんどん歳を重ね、
まわりの状況も変わり、変えてゆく。

20年後、わたしたち二人生きていたとしたら
その時は何を話題にして笑ってるんだろうね。
まあ、くだらないことだとは思うんだけどね。

Smilar Posts

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  • Masato

    親友の 顔を眺めば あの頃の 軈て未来よ 別つ時まで

    親友の中に大学時代から全く容姿が変わらないのが若干2名居ますが驚異的です。DNAはどうのだろうかと思います。ご縁から友人となった彼らとも何十年先か何時かは必ず別れが。楽しい思い出を創りたいものです。

  • あめい

    幼なじみの彼女とは、ずーーーっと会っていなかったのですが、数年前、その後に起こる私の個人的ないろいろのピンチを見越したかのように、彼女からふと連絡が来た。

    その連絡がなければ、頼る先に彼女を思い浮かべることはなかったはずで、もしそうなら、私はピンチを乗り切れなかったかもしれないと振り返っては冷や汗を流す。

    さて。

    これを運命と呼ぶか偶然と呼ぶかは個人のセンスと人生観によるのでしょう。わたしは「運命的な偶然」と呼ぶことにします ;-) いずれにせよ、大事にせねばなりませんね。

    Masatoさんも、そのご友人とはよく会われますか?
    お忙しい毎日ですから、なかなかなのかもしれませんね。

  • Masato

    友人達とは一年に幾度かという感じでしょうか。利害関係も無いというのは良いですね。

    何も足さず、何も引かない、お付き合い。 サラリーマンの彼等達にとっての日常は平凡ですが普通という幸せを感じさせるものです。 自分の中にはなかなか凡庸な幸せは描けない分、
    彼等を通して観察することで、自分もそういった幸せを一緒に感じたような気分になるのです。

  • あめい

    ああ、わたしも
    彼女といることで
    「手が届きそうであるのに手に入れがたい普通の幸せ」ってやつを疑似体験しているのかも。

    いいなぁとうらやましくなることがよくあるけど
    じゃあわたしはホントにそうなれるのか
    それができるのかと問えば
    1秒でこたえが出ます。NOと。

    そこへたどりつく条件も、スキルもないし、ホントのところでは欲求もない。今となっては。ですけどね 😉