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忍性展を見に行きました

はみだし雑記録

16.09.17

昨日、奈良いったじゃない?中秋の名月は奈良で!ってわたし決めてるんです。
それでおやすみいただいたから(ありがとうございます)、朝から名古屋出て、薬師寺いって、興福寺いった(五重塔と三重塔の特別公開をみた!)!
それで、まだ夜の唐招提寺のお月見までには時間があったからさ、奈良国博に忍性展みにいったじゃん? もう月曜日にはおわっちゃうけど。忍性さんほんとにすごく立派だった…。

忍性さんのお師匠さんはえいそんさんなんだけど、お師匠さんに「慈悲に過ぎる」って風に言われていたんだって。 忍性さんは、めちゃ橋かけて、めちゃ道路なおして、すごく井戸掘って、着るものとかすっごくすっごくたくさんあげて、ハンセン病の人が奈良の市までいけるようにまいにち迎えにきておぶってそれで送っていったんだって…。

(※ ゐきぺぢあみたら、<『性公大徳譜』によると忍性が生涯で草創した伽藍83ヶ所(三村寺・多宝寺・極楽寺・称名寺など)、供養した堂154ヶ所、結界した寺院79ヶ所、建立した塔婆20基、供養した塔婆25基、書写させた一切経14蔵、図絵した地蔵菩薩1355図、中国から取り寄せた律三大部186組、僧尼に与えた戒本3360巻、非人(ハンセン氏病患者など)に与えた衣服33000領、架橋した橋189所、修築した道71所、掘った井戸33所、築造した浴室・病屋・非人所5所にのぼるとされている。>だって https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%8D%E6%80%A7

文殊菩薩信仰っていうのは、貧しい人や病気の人の姿になって現れるっていうことになってるそうで、忍性さんもそれで貧しい人とか病気の人を助けて徳を積んでお母さんの供養ともしてたんだって。 信仰っていうのはすごいものだなあ……っておもいつつ展示をみていたけど、けど、信仰があったからって、修行してる人だからって、立派なお坊さんだからって、なかなかできることじゃないから「慈悲に過ぎる」っていわれたわけじゃん。展示見ながら、なんでこんな立派なことできたのかなあってかんがえてたけど、それはやっぱりそういう貧しかったり病気の人との関わりの中で、どんどんそういうことができるようになったんだろうなあって、そういうふうにしかおもえなかったんだ。

で、夜に友人と食事しながら話してて、最近すごくやりきれない事件もあったじゃない。そういうのとかのさ、「病気や障害のある人はなぜ”必要”か」っていう話んなかで「助け合うことでステージがあがる(ステージをあげるためには助け合うことが必要)」(← ステージ!)みたいな話になり、今の世の、われらのステージはいったいどのレヴェルだろうか。

忍性さん、文殊菩薩を信仰して、いろんなことをやり抜き通して菩薩のように生きて、最後には菩薩の称号ももらって、称号は称号だけど「名実ともに」菩薩さまになったなんて、ほんとにすごすぎる。菩薩になるとかすごい。

生まれ変わりがどうのではなくて、今、自分とこの世をともにしてる、自分がなーんともおもってない人が「菩薩」かもしれない。ていうのは、私が理解できない、私が認められない、何かをやりぬきとおしてるかもしれない。そうかもしれないのに、「ステージ」が低ければ、こっちが理解できない認められないじゃない? それぞれの「今」の「この世」の、お金とか、地位とか、美貌とか、欲望やら渇望やら、それを超えた先に生きてる人もいるだろうに。自分は菩薩にはなれんが、自分が菩薩になれんからといって、まわりのひとが菩薩じゃないとか、菩薩になれないわけじゃないっていうのだけは覚えとこっておもったけど、ちょっと意味ふ?

とにかくそういうことをおもいました。

あ、それと、「これは忍性さんが拝んでいただろうね」みたいに説明してある、仏像とか展示物があって、こういう説明ってこれまでみた展示でもあったかもだけど、今回はそれで「これのまえに座ってた…これを見てた…」って「忍性さんはほんとにおった」んだと実感した。そりゃおったんだけどね。忍性さんもおったし、行基さんもおった。やっぱりそれってすごいことだなあ。

あ、それからそれから、唐招提寺のお月見は毎年毎年当然のようにとってもよいです。よかったです。あんなお月見ができる奈良はやっぱりすごいです。忍性さんが唐招提寺に施入したよっていうことで、鑑真さんの絵巻物が展示してあってそれでおさらいもしてあったのでよけいにじーんとしました。来年もいきます。みんなもいこうよ!

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【追】
ってfacebookにかいたら、「菩薩は修行者だから、がんばってるひとみんな菩薩だよ!」ってコメントしてくださった方がいて、そうか、生きてること自体修行だし、だってつらいし、そうなると今世の中でがんばってるひとみんな菩薩だし菩薩だらけだからちゃんとしないと…っておもった。そして、「わたしだって菩薩なんだから…!」っておもってがんばるのもいいかもしれんよね(笑)。 自分の小ささに恐れることもないわけだし。

はがき

きょうの出来事

16.08.09

お誕生日に、いろいろお祝いしてもらって、そいで、その夜に母になんとなくポストカードを送ったんだよね。

いうのは恥ずかしいけど、書くのは割とかけるので、でもポストカードだしひとこと「産んでくれてありがとう!」とだけ書いといた。

ちょっと気が向いて送っただけだけど、せっかく誕生日の日にはがきをおくったから、45歳の1年は、1日1枚は誰かにはがきをおくろうかなっておもったの。そんなに友達多くないから送り先に困ると思うんだけど、「1日1枚おくってるから!!!!!だから頻繁なの!!!!!」っていえば黙って送られてくれる友達はきっと何人もいる。

これまでは旅行先からはがき書くのが趣味〜みたいな感じだったんだ。
その土地のはがきとかでさ、「きてるよ〜」「これみたんだよ〜」みたいに送るのって、あんまり説明がいらなくて気軽で、一ひとり旅の時とか夜の時間つかえるし、そうじゃなくても、電車まちとか、そういう時間に書くのたのしいし満喫してる!って思える(笑)。

とりあえずやってみますネ。

どうぞ安らかに。

きょうの出来事

16.01.25

雪がまた積もってるね。
きょうも1日寒そうです。

毎年、「今年はお顔を拝見したいです」と書くだけで1年がすぎていくから、今年の年賀状には「必ず」を付けて出したんだよ。
それなのに、突然のことで本当にびっくりしました。事を知った時には何を思っていいのかもよくわからず、喉の奥がぎゅっと詰まる感じだけを味わいました。

しばらくして、いつも寄せてくれていた、幸せそうなお写真を思い出して、ご家族はさぞかし悔しい思いをされているだろうと、切なく、悲しくなりました。一番悔しいのはご本人かもしれませんが、でも、どうぞ安らかにお休みください。

会うとか、会わないとか、全部自分の意思みたいなつもりになって、人と人とは突然会えなくなるってことがあるっていうのを、普段は忘れたみたいに生きている。
でも同じ日、同じ時間を生きているというのはとっても不思議なことだな。
そして、ついさっきまで、同じ日、同じ時間を生きていた人が突然この時間の中からいなくなるというのも、よくない言い方だろうけど、でもやっぱりとても「不思議」なことです。
だから「どうして?」って気持ちになる。

生きてることに感謝とか、出会いに感謝だとか、なんか歯の浮く台詞のように感じてしまう。
もっとほかに何かうまい言い方があればいいのだけどうまくいえないし、もうそういう風に感謝するしかないという場面が、年を重ねるにつれて、どんどんどんどん増えていく。

とても元気で、楽しく、一生懸命な方でした。

わたしは今、生きてるんだから、やっぱり、元気で、楽しく、一生懸命に生きたいなと思います。

スノーモンキー

はみだし雑記録, 楽しい読書生活

16.01.12

年の初めは、干支のモチーフのものを見かけることが多いよね。

きのう図書館にいったら、おさるの本コーナーがつくってあった。
物語だったり、文化史だったり、いろいろなジャンルのおさるの本。

そこに『スノーモンキー』が置いてあった。 岩合光昭さんの。
すごく懐かしかった。

岩合光昭さんといえばこの前、三越に世界ネコ歩きの写真展を見にいったばかりだけど、わたしが岩合光昭さんを知ったのは大学1年生の時で、大学の購買部で『おきて』という写真集を買ったのが最初だった。

当時、今思うとたいしたことないことで落ち込んでいたときに選んだ本で、
ずっしりと厚い大型本の写真集を、ずっと部室で眺めてた。
生きてるってすごい。セレンゲティは美しくて、そこにあるおきてはとても厳しくて、ひどく辛いけどやっぱり圧倒的に美しい。
あんまり気に入ったので、岩合さんの奥さんが書いた、『アフリカポレポレ』も買って読んだなあ。

それで、『スノーモンキー』は友人がプレゼントしてくれたものだった。
大学の時の友人なので、『おきて』ばかり眺めていたわたしを覚えていてくれて、それで選んでくれたのかもしれないね。
雪玉を抱えた表紙の子猿がすごくキュートで、でもかわいいだけじゃなくて、すごく喧嘩で血だらけになった猿だとか、死んだ子猿をいつまでも抱えてるいる母ザルとか、やっぱりとてもたのしくて辛いし厳しい。

『おきて』も『スノーモンキー』も、20代に手にした本として、印象深い本だとおもう。 だって40代になっても覚えてるんだもんね。

『おきて』はけっこう最近までもっていたけど、もう十分眺めたなと思ったので、知り合い(の子どもちゃんにみてほしくて)に譲った。
『スノーモンキー』は、母の家にまだあるかしら?処分してしまったかもしれない。 覚えがない。

ふと思ったけど、大学時代の友人は、よく本をプレゼントしてくれたし、それが、特に誕生日だとかそういうことじゃなくて、「なんかすきそうかなっておもって」みたいな感じでね。
とにかく本をよく読む友人が多かったし、本を読むのが当時苦手だった彼も、わたしの好きな詩人の詩集を何冊もプレゼントしてくれた。

わたしも何冊かは、友人たちにプレゼントした本を覚えている。

こんなことがあって久しぶりに、amazonでスノーモンキーと、おきてと、アフリカポレポレを検索したらどれも中古だけの扱いになっていた。
スノーモンキーだけが、2001年に文庫になり、2005年にソフトカバーのバイリンガル版として出版しなおされていた。
一番人気なんだね。そりゃハードカバーは高いし持ってるのも大変だけど、でもさ。なんかちょっとさみしいな。

別に、悪くはないんだがちょっとさみしい。そういうことが、年々増えるノダ!

ところで、この3連休はみっちり働いたので明日は休日を取ろう!なんておもっていたが無理だった。あはは。
またみちみちがんばろう。えいえいおー。
成人したみなさま、おめでとうございます!
わたしみたいなおばさんが、「おおー、そうくるかー、それいいね!」みたいな感じになる、新しい(?)大人が増えたらたのしいな。

 

ことしもたのしく。

日記みたいなの

16.01.02

いっつもバタバタしてるから1日が過ぎるのがはやいんだっておもってたけど、のんびりしててもあっという間に1日過ぎるじゃん。朝起きたら、もう夜。もう食べれないよ!(ずっと食べてる)

明日から仕事しようかな〜って思ってる。
今まだ母の家にいるから、昼ぐらいにもどって、軽く、ね。
夜はご近所さんとご飯食べに行く約束してるんだ〜♪

毎年、年賀状を31日の夜に投函してあわてて母の家に行くみたいな感じだったところ、今年はもっとはやくやる!とかいって結局…30日に投函!仕事も30日に〆れたので、31日にちょっと余裕あった(笑)。

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昨日今日、去年と今年のことで思ったこと。

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去年、わたしなりにかなり一生懸命仕事したんだよ。
結構忙しかった。
今年はさらに、去年はなかなか準備しきれなかったプロジェクトをがんばって進めたいよ。頑張るよ。

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去年は、ずっと「行ってみたいな〜」っておもってたところにいろいろ、一気に行けたよ!

初めて和歌山(高野山)いったし、大台ケ原も行けたし、夏の曽爾にも行けたし、印象深かったのは玉置神社かな。
なかなか行けないよね〜っておもってたのに急につれていってもらえることになってすごく嬉しかった。
若狭の、お水送りの行事に参加したのもすごい体験だったし、今年ももう行くって決めてる。去年は送っただけで取れなかったから、今年は、若狭で送って、奈良で取る!!絶対!

あ、それから諏訪の旅もすごくよかった!
諏訪には見たいものがまだまだ残ってるので春にまたいきます。

他に、今年外せないっておもってるのは徳島だよ!

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絞りの修行は、落ちてこぼれそうなところをなんとかひっかかってるってレヴェルだけど、お教室のクラスメイトみんなやさしくて、ラボの人たちとか先生が(落ちこぼれのわたしにも)本当に熱心に教えてくれるので、「脱落しない」という低い志だけど続けようとおもっているよ…。
絞りに限らずだけど、言って見れば絞りじゃなくていいんだけどね。自分の手をつかって、ひとつぶひとつぶだとか、ひと針ひと針だとか、そういう作業に気持ちが行くのってなんでなんだろう!

編み物ものね、断続的にだけど、子どものころからなぜかずっと手放してない作業なので、もうちょっとちゃんといろいろ理解してやりたいな〜なんておもってるところ。

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とにかく、頑張っていっぱい働いて、とにかくいろいろしたいしいろいろ見たいしたくさん遊びたいってのは去年も今年も同じなんだけど、今年は「ちゃんと休憩する」っていうのも心がけないとっておもってる。若くないもんね!

しっかり時間を管理して、ちゃんと生活しなくちゃ。
小学生のころからそう言われてるしおもってる気がするけどなかなか難しい。
けどできるだけ……規則正しい生活を心がけます〜。

たのしい1年になるといいな!

あけましておめでとうございました

はみだし雑記録, 日々のつぶやき

16.01.01

今年はもうちょっとちゃんと生活する予定です。

どうちゃんとするかは、もうちょっと考えます!

十津川、洞川。奥大和の旅。

奈良がだいすき

15.11.10

昨日今日と、奈良、奥大和の旅でした。

まずは大和八木で拾ってもらって、最初の目的地が一番遠い。
奈良県十津川村の玉置神社。創立は紀元前37年?!「なにそれ何年前?」って、今の西暦に37足そうよね、わたし。

「超最強パワースポット」なんて言葉で紹介されてるけど、そんな言い方は逆に軽くて(逆でもないか)、もっとすごいんだけど、なんていうかすごく自然にそこにある、やさしい場所だった。

わたしは神社ってちょっとこわいなっていつも思っちゃうし、玉置神社も「一回ぐらいは行ってみたいよ」ってぐらいの気持ちだったのが、ご祈祷していただいたらなんかもうすぐ「またきます〜」って。上手に言えないけど、そんな場所だった。

「瀞峡も寄る?」と運転手さまが言ってくれてた。「うん」って答えれば行きたかったところにいけるなんてすごい。ここもすごく行きたかったの。

瀞峡、とっても綺麗な場所だった。わたしは水辺出身の生き物なのでとにかく船に乗りたくて、ついてすぐ川べりに降りて行ったけど、「この船に乗っても帰ってくる船が(時間的に)もうない」といわれて断念。そんなに残念がらなくていいよね、だってまた来ればいいもんね。瀞峡眺めながらおいしいマフィン食べれる瀞ホテルをおすすめしていただいたので少し休憩。

そこから移動。ぼんやりいうけど鹿とか猿とかに出会いつつこわーいとんねるとか外にいるか中にいるかわかんないとんねるをくぐりぬけて、奈良県天川村をぐぐっと上がった洞川地区に到着。
辿りついた喜び。安堵に輝く瞳。洞川にいるというだけで湧き出る感謝。盛り上がる車内。
大好きだよ、洞川!そんな熱い思いを胸に、着いてすぐ名水どうふ喰べたね。鹿串カツも食べたよね。

洞川ではいつもお世話になっているゲストハウス一休さんに宿泊。
洞川の隅からすみまでを知り尽くしたよりこさんのところに泊まればもうなにも心配することはないので、お腹いっぱい湯豆腐定食を喰べた直後にもかかわらずきなこもちをたらふくいただき食べ過ぎて動けないというあんた昭和時代のマンガかとつっこまれたらぐうの音も出ない状態に陥りながらも、同じく一休さんに一人旅できていたかわゆい女の子とキャッキャしたり、興味深い洞川の「分厚い」信仰のお話を聞かせていただいたりで、お風呂はいって寝た。ごろりぐー。わたし多分寝言で言った。洞川最高って。

翌朝、ごろごろ水採水、龍泉寺、霊山大峰山の女人結界(大峰山は女人禁制なのでわたしは入れないの)までいって、川魚たべて、洞川を下り、天川村栃尾観音堂で西端の円空仏、黒滝、大宇陀。スタート地点の大和八木まで戻してもらいました。運転本当にありがとう。

あとは近鉄で名古屋までビュン。

他にもまだいろいろなことがあって、
いろんなこと話して考えたりしたんだよ。

車がただ進むだけで、個人的なお願いごとなんてぽんぽん叶っていくみたいな旅だった。きっとずっと忘れないな。
お世話になったみなさまありがとう。
みんな親切にしてくれて、わたしも心広くなりたい(笑)。
ふんわりとがんばります。

わたしが言いたいことは、
まだの方は「なるはや」で洞川へ行く計画を ってこと。
豊かな自然と歴史と文化、とびきりやさしい洞川の人たちが待っています。
はよせなかんよ。

(書こうかなと思ったので書いた。 1年半ぶりのブログ!)

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